黒い仮面




ヒュンッと風を切る様な音と共に、元民宿炎≠フ屋根の上に黒い影が現れた。背後の月によって照らされた影はうっすらと闇に浮かんで二つの姿を映す。


片方は鳥のような仮面を被って天狗のような服を着ており、体格からして男性と見られる。
その隣に男性と同じく仮面を被っている小柄な少女。しかし男性とはまた違う真っ黒な面に、笑ったように描かれている赤い目だけが闇に浮いていて少々不気味だった。マントを羽尾い頭まで深く被っていて姿はよく確認できない。

二人が見る先には沢山の人が集まっている炎の中庭の、その中心にいる一人のオレンジのヘッドホンの少年。


「ッフ…」

鳥の仮面の男が小さく笑い声を漏らした。仮面越しで表情は見えないもののどこか嬉しそうにも見える。

ごそごそと懐に手を入れて黒い羽根を三枚とり出すとそれはうっすらと光を放つ。男の手によって霊気を纏ったのだ。
なにをするかは大体予想できたもう一人の黒い仮面の方はただ黙ってその様子を見守っていた。

カッと下駄を鳴らし助走をつけるように片足をついて、右手を前に出して黒い羽根をヘッドホンの少年のいる方へと向かって投げ飛ばした。それは羽根とは思えないほど鋭く地面に向かって落ちていくと、空中で人の形になり見事着地した。
当然屋根の下は騒がしくなり、それを黒い仮面は無言でじっと見つめる。





それを解くように、男は口を開いた。


「葉のこと、頼んだよ」


こんな言葉しかかけられない自分の不器用さに男は仮面の奥で苦い顔をする。


黒い仮面がこちらを向いた。
表情は、読みとれない。


「命に変えてもお護りいたします」

「…無理はしないでね」


ぽん、と大きな掌が少女の小さな頭へと乗る。それがまた彼女の幼さを実感させられ男はまた悲しい気持になった。
胸の中でごめんと呟く。


「ありがとうございます。幹久様」


そう言うと、鳥の仮面の男――幹久は名残惜しそうに頭から手を離し、その場から姿を消した。


それからまた視線を中庭に戻すとさっき幹久が出した式神達はヘッドホンの少年によって全て倒されていることを確認する。マントの中から弓と矢を取り出すと、月の光で矢の先の刃が鋭く光っている。
ギュッときつく握り締めて、呟いた。


「透桜」


答えるように少女の後ろに銀色の人魂が現れる。


「オーバーソウル 透桜イン吟爛」


人魂を細い弓へと押し入れると、ゆっくりと入って行く眩しい銀色の光が弓から溢れて目を細めるが標的のヘッドホンの少年からは目を離さない。矢を弓で支えると、慣れた手付きでギリギリと力強く引く。








(なんだ?)


屋根の上で微かに光るのをいち早く見つけたのは碓氷ホロケウことホロホロ。
光が邪魔で何かはよく見えず、ホロホロは目を細めてもう一度良く見直す。


「あれは…」


光に目が慣れてその物体に気づくと、ハッとホロホロは葉と光を交互に見る。


「危ねえ、葉!」


叫んだが遅かった。

矢は少女の手から離れ、空中を裂くようにして葉に向かって行く。


「!?」


葉が振り向いたときはもう矢は目の前。鞘に収めた春雨を引き抜く余裕などもう残ってはいなかった。


「葉!!」
「葉君!」


ホロホロとアンナ、そしてその隣にいたまん太との叫び声が重なる。




















空気がまるで凍った様にはりつめその場の全員が息を飲む。


「うお?」


しかし葉のユルイ声によってその空気は解かれた。葉の眉間の数ミリ前でピタリと垂直に止まった矢に全員驚きつつ安堵の息を漏らす。



カラン、と音をたてて宙に浮いていた矢が重量を取り戻し地面に落ちる。
ふと遠目で見ていたアンナはその矢に自分は見覚えがあることに気づく。
それをきっかけにまるで映像の様に頭の中で懐かしい幼い一人の少女の記憶が蘇り胸が熱くなった。何故もっと早く気づかなかったのだろうと思う。


屋根の上を見ると、少女はマントをなびかせながら屋根から中庭へ静かに飛び下り地面に着地した。

黒い仮面が葉に向く。
ホロホロはまた攻撃を仕掛けてこないかと警戒してスノーボードを気づかれないように構えるが攻撃の気配はなく、少女は仮面に手を掛けて後ろに結ばれている紐をほどき始めた。

ゆっくりと仮面が外され、束ねられた長い黒髪と顏が露になり、少女は人形の様な笑みでにこりと口元を緩ませた。


「久しぶり。葉兄、アンナお姉ちゃん」