秘密




「そんじゃオイラたちは学校行ってくるな」

「うん、気をつけてね」


朝食のアレで胃もたれしているのか青い顔をしながら玄関を出る葉と、対照的に涼しい顔をしているアンナに手を振る。
葉とアンナを護衛する身として自分も学校に行きたかったが手続きもなにもとっていなかった為炎で留守番となってしまった。玄関が閉まり二人が出て行くのを確認してから小さくため息をついた。
別に葉やアンナが誰かに命を狙われているわけでもない。けれどやはり心配、と言っても少し寂しいのもあったりする。
顔には絶対に出さないが。


「やること、やらなきゃね」


気をとりなおして朝食の片付けに台所へ向かうと。途中慌ただしく動くホロホロとすれ違った。
彼も学校へ行っていない為、今アンナに命じられた家中の掃除を行っているのだ。


「がんばれ、ホロホロ」


少しでも手を抜いたりすればイタコのアンナにはそこら辺の霊に聞かれてすぐ知られてしまう。一息つくことすらできない彼の背中にそっと呟いた。











慌ただしく動くホロホロは呼吸さえ忘れてしまいそうだった。



「家中の掃除と庭の掃除、それから洗濯物と布団干し。あと夕食の買い出しと準備ね。アタシ達が帰ってくる迄に全部終わらせておいて。に手伝ってもらったらダメだからね」



アンナが学校に行く前に俺に言った言葉を思い出してはぁとため息をつく。



流石にそれは無理だ、と文句を言おうと口を開けば右頬にビンタを食らわせられる。


「何か文句あるの? 居候さん」


居候を強く強調させて言うアンナに返せる言葉はただ一つ。


「ないです…」



初めてこの炎に来た時、ここに寝泊まりさせてもらう為にアンナに絶対服従してしまった自分を悔やむ。
ちらりと横を見ればアンナに従う低級霊達が俺を影から見張っていた。


「だーっ! 男に二言はねぇ!!」


やってやろーじゃねえか! と意気込み腕まくりをしてドタドタ駆け出す。




「ん?」


ふと通り過ぎた台所の暖簾の隙間からの後ろ姿が横目に映る。二、三歩後ろに足を動かしてそろりと暖簾の隙間から覗く。


「(何してんだ?)」


水道の食器入れを見下ろして微動だにしないに首を傾げる。


…?」


暖簾から首を出してそっと名前を呼ぶと、の肩がびくりと跳ね上がった。


「…ホロホロ」


首を捻って顔だけをこちらに向けるは、笑顔だった。


「どうしたの?」

「あ、いや、通りすがったから。その…」


ぎこちなく詰まる言葉。


「そっか。私手伝えないけど掃除とかがんばってね」

「お、おぉ」


出していた首を引っ込めてその場から立ち去ったホロホロはなんとも言えない違和感が胸の中でつっかえていた。







ホロホロがいなくなった台所では、の漆黒の双眸は先程とはまるで別人の様に虚ろであった。

見つめる先にあるのは水の溜まった食器入れ。










自分がやれる事を全て終えたはホロホロの事が気になった。忙しそうに走り回っていたのを思い出し心配になって見に行くと、予想通り縁側でぐったりとしている姿が目に映る。


「大丈夫? ホロホロ」

「よ、ゆう…」


顔だけをこちらに向けて無理にニカッと笑う姿に余裕の文字は似合わなかった。
汗だくになっているホロホロにタオルを差し出しその横に持って来ておいたコップに注がれた麦茶を置く。


「お、サンキュ」


起き上がるなり麦茶を一気に飲み干すホロホロに笑みがこぼれる。


「カッー! 生き返ったぜ」


汗をタオルで拭うとまた床に仰向けに大の字で倒れ込むホロホロの隣に自分も腰を下ろす。
外は暑いが心地良い風が吹いていては深呼吸した。



暫く沈黙したままでいると、ふと何か思いついた顔をしてホロホロが口を開いた。


「…そういやもシャーマンなんだろ、持ち霊は?」


初めて彼女を見た日、オーバーソウル状態で持ち霊の姿は見えなかったのを思い出す。


「ああ、今ね私の家に報告しに行ってくれてるんだ。私が葉兄とアンナお姉ちゃんの護衛につけたって」


明日には帰ってくるからそしたら紹介するね、と言って笑顔を見せた。

その笑顔に先程と同じ、良く分からない違和感を感じたホロホロは少しだけ顔をしかめる。


「なんか体調でも悪い?」


ドキッとの心臓が跳ねる。


「え? そんなことないけど…なんでそう思ったの?」


動揺がばれぬ様、笑顔を固めた。


「いや、なんつーか…上手く言えねぇんだけど何か無理してる様に見えてさ。…俺の勘違いか」


わりぃわりぃ、と頭の後ろをかくホロホロから目が離せなかった。
なんて鋭い人なんだろう。


気分が悪いのは本当だった。しかしそれは精神的なもので、しばらくすればすぐ治るから、と自分でさえ気にしていなかったのに。

自分で言うのもなんだが、私は昔から隠し事が上手かった。どんなに体調が悪くても親にもばれなかったぐらいだったのに。それなのに、ホロホロにはあっさり見破られてしまったのだ。
少し彼が怖くなった。このままだとあの秘密がばれてしまうのではないか。

否、絶対にばれてはいけない。この秘密だけは誰にも知られてはならないのだ。










?」


頭の中でぐるぐる考えていると突然ホロホロが目の前に現れて驚く。


「なな何!?」

「何って、お前がボーッとしてっから」


しっかり者っぽそーだったけど以外と天然か? と言ってケタケタ笑うホロホロ。


「そういえば昨日も俺と喋ったあとぶっ倒れて寝ちまったしなー」

「え!?」


まさかと思った。
しかしそう言われれば、昨日ここでホロホロと喋ってラゴウをみて……


「お、覚えてない…」


その先の記憶が全くと言っていい程空っぽだった。と言うか今までいつ寝てしまったのかと言う疑問さえ浮かばなかった自分が怖い。


「じゃあ私いつ布団に…?」

「ああ俺が運んだ」


軽すぎて驚いたぜ、と笑いながらさらりと言われの顔が激しく赤面する。
くるくると表情を変えるの姿が可笑しくて、ホロホロは腹を抑え体を前に折って笑った。


「ふ、くく…お前の反応、面白…」


声を押し殺して笑うホロホロに、あ、と思った。


「(ホロホロ、わざと話変えてくれた…?)」


私が言いたくない事わかって、深く追求してこなかったのかな。

そう思うと、少し胸が熱くなった。ホロホロに心の中でとても感謝する。


今だケタケタ笑うホロホロの顔が何故か幼さを感じさせた。

それが妙に可愛いらしくて、もつられて笑顔になった。









その二人を遠くから見つめる人の陰。

陰は小さく舌打ちをして、鋭くその様子を睨む。
ゴオッと足元に火花を散らしながら隼の様に二人のいる炎へと近づいていく。


まだ二人はその陰に気づいていなかった。