風と舞う少女
東京ふんばりが丘のとある墓地。辺りはもう真っ暗でそこは不気味は雰囲気をかもしだしていた。その墓場の中央に立っている大きな木の上にかすかだが人影が見える。
『東京って星があんまり見えない所だなぁ』
そう呟いた人物はなんと重力を無視して宙に浮いている少年。体がうっすら透けており足元は完全に透明になっている、霊。
「そうなんだ。…ああでも空気が悪いのはアタシにもわかるよ」
よく見るともう一人木の上で座っている人物が確認できた。その人はどうやら普通の人間の少女。少年と同じように空を見上げてみるが、少女の瞳が開くことなく固く閉じられてある。
『うん。の家の窓から見る星の方がずっと綺麗。空気も』
と呼ばれた少女はふっと笑って目を閉じたまま少年の霊の方に顏を向けた。
「なんだ那良もう家に帰りたくなったの?」
からかうように言うと那良と呼ばれた方の少年は顏を赤くしながら否定する。
『そっ、そんなんじゃないよ!…て言うか今日ここで寝るつもり?』
「他にどこかあるか?」
『ホテルとか…。ああ高いんだっけ…』
東京から遠い実家から遥々きたと言うのに必要最低限以下の荷物しか持ってこなかったの手持ちは残り少ないお金と扇子。当然ホテルなんて泊まる金があるわけもない。
「そそ。墓地ならこんな時間に誰か来ることもないだろーし。目が見えないと何かしら金稼ぎ探しもなかなか難しいからさあ。別に見えてなくてもそんなに支障はないと思うんだけどな」
は生まれたときから目が見えない。常に目を閉じているのもそのためだった。
しかし視覚以外の五感が人並み以上に発達したには視覚なんてなくても十分すぎる。
『の場合、逆に見えてる奴らよりもよく見えてるかも』
くくっと笑う那良の声が聞こえても口元を緩めた。
その時。
「祟りが怖くて納豆が食えるかああああ!!!」
達のいる木の下でなにやらぎゃあぎゃあと騒ぐ声。
「あーもうさっきから煩い人達」
那良が下を覗いてみると10人近い男達が割れた墓石を取り囲んでいる。
『うわっ誰かの墓石壊してる。…追い払っちゃおうか? 僕等最近暴れてなくて体なまっちゃうし』
うずうずしだす那良とは逆には興味なさ気。
「いやいいよ。絡んだら余計騒いで面倒くさくなりそうだし。それに壊れちゃったもんはしょうがないって。後で墓石の破片集めてできるとこまで元に戻してあげよ」
ちぇっと舌打ちをしてつまんない。と文句を言う那良には苦笑した。そろそろ寝ようかな、と意識を飛ばそうとしたとき。
「あああああああああ!!」
「今度はなんだよ…」
またもや近所迷惑な叫びが聞こえ二人は顏をしかめる。なんなんだよ、と那良がまた下を覗く。
『…なんかちっさい奴がさっき墓石壊したやつに絡まれてる』
「あらら」
しょうがないな、とが立ち上がるのを見て那良が目を丸くした。
『助けるの?』
「まだ助けられるでしょ」
救えるもんは救ってやんなきゃ。らしい言葉に那良は思わず吹き出してしまった。
ふわりとの周りを風が取り囲む。
そうして木の上からジャンプすると少し距離のある男たちに絡まれている小さな人物のもとにすとんと綺麗な音をたてて難なく着地した。男達からかばうように小さい人物の前に立つと全員の視線がむけられる。
「その辺にしといてあげなよ」
思わぬ救世主に小さな人物、小山田まん太は殴られて腫れた目をぱちくりとさせた。
「き、きみは…」
「ああん?!何だおめぇ、そこどけコラァ!!!」
今の時代珍しいリーゼントヘアの男がを睨んで怒鳴りつけ、逆にまん太がビクッと肩を震わせる。雰囲気からしてこいつが親玉なのだろう。
しかしはそれを無視しまん太の方へ向き直る。
「ほら、ここ任せていいから早く逃げな」
「えっ!?…で、でも…!」
まん太は少し戸惑った。目の前にいる小柄の少女の体は華奢で大の男が10人程もいるのにとても力ではかないそうにないのだ。おまけに何故かさっきからずっと目を瞑っていて、まさかこの人目が見えないんじゃないかと不安がよぎる。これじゃあこの人数を相手にしたら大変なのではないか。
そんなまん太の心がわかったのかは口を開く。
「アタシは大丈夫だから自分の心配しな。それに逃げてくれないとせっかく助けに来たってのに意味なくなっちゃうでしょ」
余裕そうに言う彼女にまん太は理解した。ああこの人は強いと、根拠のない感だったがこんなに大勢の男を前に余裕の表情を浮かべる彼女は何故だかかただ者ではなさそうにも思える。男として女の子に助けてもらうのは少々アレだがここは仕方ない。
「あ、ありがとう…」
よたよたと走り去っていくまん太の足音が消えるのを確認してからようやくは男達に向き直る。当の男達は随分ほったらかしにされて御立腹の様。
「おいおいお嬢ちゃん。アンタ一人で俺達がどうにかなるとでも思ってんのか?」ああん?と顏を凄ませてを睨んで見ても怯えるどころか無表情。当然目の見えないに効くわけもなく。
「…那良、この人達何人いるの。アタシ3、4人イメージしてたんだけど」
『うーん10人ちょっとかな』
「あれま」
通常霊は人に見えないため男達から見ればは独り言を言っているようにしか見えないわけで。その光景を見た男達はげらげらと下品に笑った。
「気持悪い野郎だぜ。…どうしたびびって目も開けられねえか?」
「開けても開けなくても変わらないだけです」
「そうか。それじゃあお構いなくいくぜぇ!!!」
リーゼントの男が持っていた木刀がめがけて振り下ろされる。
「なっ…!」
が、それはの無駄の無い動きでいとも簡単にかわされた。
「とりあえず今日の所はもう退いてもらえませんかね。なるべく戦ったりしたくないし」
ふう、とため息をつくに男は何かが切れたように「冗談じゃねぇ!」と怒鳴る。
「ここは俺達のベストプレイスだァァァ!!」
そう言って木刀をぶんぶん振り回してみるが相変わらず擦りもしない。
「…こりゃ墓場の連中も大迷惑だな。悪いけど気ぃ失ってもらうよ」
一瞬の隙を狙ってリーゼントの男の首の後ろをどこからか出した扇子で一発決めれば男は意図も簡単に地面に倒れこんだ。それを見やりが口を開く。
「木刀の扱いあんた結構いいスジしてるよ。それを良い方向に使ってほしいな」
にこりと笑ってみせると男のリーゼントの形がきゅっとハートにしまる。
「ベスト…プレイスだ…」
そう言葉を残し男はがくりと気を失った。
「「りゅ、竜さん!!!」」
周りの男達がリーゼントの、竜の所へ駆け寄った。
「気絶させただけだ。早くそいつ連れていきな」
そう言うと男達は素早く竜を運んで慌ただしく走り去って行った。
『うっへー弱ぇ奴らだったなあ。僕がでるまでもなかったね』
姿を消していた那良がふわりと出てきてにやにや笑う。
「…さてと、墓石戻してやんないとね」
「とりあえず破片はこれで大体集まったかな。生憎接着剤とか持ち歩いてないから今日はんなことしかできないけど明日ちゃんとくっつけられるようなもん持ってくるから。応急処置にしかならないけど…悪いね阿弥蛇丸さん」
壊された墓石の破片を出来る限り集め終え墓石の主の阿弥蛇丸に声をかけるといかにも侍という雰囲気の霊がどろんと出てくる。
『十分でござるよ殿。かたじけないでござる』
「いやいや」
の隣にいる那良は阿弥蛇丸を見て目を光らせた。
『お侍さんかっくいー!』
すごいなあ、と言うと阿弥蛇丸は照れたような仕草をする。
どうやら阿弥陀丸が気に入ったようだ。
「それじゃあアタシもう寝るは。オヤスミ」
くるりと阿弥蛇丸に背をむけて手をひらひら振ると無風だった辺りに柔らかい風が吹き#name_2##と那良は木の上にふわりと浮く様に上がって行く。
不思議な出来事に阿弥蛇丸は目をぱちくりさせて達が上がった木を思わず凝視。
『またね阿弥蛇丸ー』
風に混じって那良の声が小さく聞こえた。