風に呼ばれて
「ゲホッゲホッ。あー眠い」
結局昨日は木の上で寝たため体が少々痛い。その上起きた時からおかしな咳が止まらなくどうやら風邪をひいたようだ。
『大丈夫?なんか普通の咳と違くない?』
「コホッ…そうか?やはり夏と言えど場所を考えて野宿しないとね…ゲホッゴホッ、ゲホッ」
那良が心配そうに声をかけるが本人はあまり深く考えていない様子。カチカチの体をぐいっと伸ばして大きな欠伸を一つ。猫のような仕草だ。
「イテテ。さて今日はバイトでも探すかね」
木の上から下りようと枝の上で立ち上がると、ふわりと風がを纏う。それと同時にぴょんと木から飛び下りると風に乗ったは重力を逆らい羽のように地面へと着地した。
「ありがとう」
礼を言うとそれに答えるように風がの頬を撫でた。
『ってすごく風に好かれてるよなぁ』
その光景を見ていた那良は少々驚き気味でを見る。
「そうかな」
『だってオーバーソウルしないで風を操るって普通の人間にできることじゃないよ』
はシャーマンで、那良はその持ち霊。媒介はの数少ない持ち物の中の一つの扇子。オーバーソウルすることによって風を操ることのできるだったがいつの間にかオーバーソウルをしなくても風を操ることができるようになっていた。
『よっぽど風に好かれてんだなぁ、羨ましいよ』
そう言うとは照れくさそうに笑った。
特に行く当てもない二人はしばらく散歩気分でふらふらと歩いていると、ふと那良が気がついたような顏をして口を開く。
『そういえば思ったんだけどさ』
「うん?」
『って何歳?』
「何突然。13歳だけど?」
当たり前のように言うにはぁとため息をつく。
『あのさぁ、目が見えないとか言う前に13歳でバイトなんてできないと思うんだけど?』
「!!」
ビシッと核心をつかれそのまま固まってしまい、そうだった…とうつ向いて頭を抱えうなだれた。
しばらくそうしているのを見ていたがいつまでたっても顏を上げないに那良は首をかしげる。
『ーいつまでやってんの?』
声をかけてみるが返事がない。
心配になってうつ向いている顏を覗き込んでみた。
『?』
見るとの顏は痛みに堪えているかのように歪んでいた。
「風邪じゃないみたい…」
かすれた声で言うと同時に両手で喉を抑える。
「っぐ、ゲホッゴホッ、ゴホッ!!」吐き出すように咳を繰り返す。咳をするたびの喉にトゲが刺さった様な痛みが走る。
『っちょ、大丈夫?!』
心配そうに顏を覗き込む那良の身体をすり抜けてはバタリと地面へうつ伏せに倒れてしまった。
『!』
意識を手放したの口からは不自然な呼吸音が漏れていた。
突然の異変に那良は一瞬戸惑ったが、よく考えるとこの光景は前にも見たことがあった気がしたのだ。
ハッと遠くに見える道路を見る。車やバイクが行き交い排気ガスで周りの空気がうっすら灰色で汚れているのが分かる。
小さい頃から澄んだ空気と風の中で育ったは空気に敏感で汚れた空気には弱い。恐らく東京の汚れた空気を吸い続けて毒になってしまったのだろう。
マズイな、と呟いて那良はたらりと冷や汗を流す。
以前はの親が近くにいたからそんなに事は大きくはならなかったが今の状況は別だ。頼れる人間≠ヘ一人もいないのだ。
『誰かっ!』
辺りを見回すがここはまだ時間も朝方の為人通りが少ない。それに霊の自分の姿を見れる人は数少ないのだ。第一今すぐそんな人間を探すなんてそんな簡単なことではない。
『くそっ、もっと早く気づいてれば…』
ぎゅっと唇を噛み締め、立ち上がる。
『待ってろ。今誰か呼んでくるからな』
ここに倒れているを置いておくのに少々抵抗はあったが今はとにかく助けが必要だと判断した那良はぶわっと空高く飛んでいった。
トレーニング中だった蓮は手を止めた。
さっきから風でがたがたと異様な位に揺れる窓を怪訝そうに見つめる。
『どうされましたぼっちゃま。お疲れですか?』
隣で蓮のトレーニングを見守っていた馬孫が心配そうに蓮を見る。
「いや…」
なんでもない、と呟くが手は依然止まったままでまだ気になるのか睨む様に窓を暫く見つめるとやがてそこから立ち上がり揺れる窓に向って足を進める。
『ぼっちゃま…?』
少し戸惑いつつ馬孫も後から続いて行く。
窓の前に立った蓮はそっと窓枠に手をかけて開けようとすると、その前にバンッと勢い良く窓が勝手に開かれた。
「!!」
ぶわっと切る様な音を立てて蓮の横を突風が通りすぎていき、風に包まれたような不思議な感覚に襲われる。
『ぼっちゃま!大丈夫でございますか!?』
大袈裟な位声を張り上げた馬孫は慌てて蓮に駆け寄る。が、数秒の間蓮は金縛りにあったかの様にその場に立ち尽くし馬孫の声にも全く無反応で動かない。
「……行くぞ馬孫」
『…は?』
動かないと思ったら今度は突拍子もない言葉に馬孫は少しついていけなくなってきた。行くとはどこに?と聞こうとしたが当の蓮は窓から外に飛び出してしまっていた。余程慌てているのだろうか。
とにかく馬孫は主を追いかけるしかなかった。
わからない。
ただ呼ばれたような感じだった。
いや。呼ばれたと言うより助けを求められたような気もする。
霊の声とかそういうものではない。
とにかくこんなことは初めてだ。
風に呼ばれたなんて
目的地なんかは全く考えておらず、ただ感だけで来たら人気の無い道に女が倒れていて、
風が小さく俺の髪を揺らす。まるでこの女を助けろと言っている様に。
「……コイツのために俺を呼んだのか?」
そう問いかけると答えるように風がまた吹き木の葉と葉を擦り合わせるようにざわざわと音を鳴らした。