風使い




暑い。



窓を閉めきった風のない部屋。

ソファーに横になっているの額につぅっと汗が伝う。
自身の長い髪が汗でべたっとくっついて暑さが更に増してゆく。



「ん゙〜……あちぃ…」


暑さに引きずられるように目を覚まし思わず唸り声を上げ気だるそうに額の汗を拭う。

いつもに増して酷くだるい寝起きの身体。ぼーっとする頭を働かせてとにかく上半身だけでもソファーから起す。





暫くそのままでいると寝惚けた頭が少し冴えてきた。



そして湧いてくる疑問。


…どこだ、ここ?

とりあえず自分がソファーに寝ているから室内であることは確か。
だが全く知らないところだ。



「那良?」


ふといつも隣にいる那良の気配がないことに気づく。

少し不安を感じた。



そっと床に足をつけてふらふらと立ち上がる。
汗で顏にくっつく髪を適当に手でかきあげた。



風に当たりたい。

そっと壁に手を当てて探るように伝って歩く。まだ少し覚束無い足元は時々バランスを崩しそうになるがなんとか壁に捕まり歩いていく。

やがてヒヤリとした感触の窓ガラスに手が触れ、の表情が少し和らいだ。




そのとき





(…人)



微かだが遠くで小さな足音が聞こえる。しかもこちらに近づいてい様。

自分を助けてくれた奴かもしれないが油断はできない。





カツン。

足音が部屋の前で止まるとは少し身構える。

キィ。と鈍い音を鳴らしてドアが開かれた。


「…貴様、起きたのか」


少年の声。

驚いたようなその声に不思議と危険は感じられず、すっと全身の力が抜け気が抜けてしまったせいでまた身体にずしりとだるい感覚がのしかかり思わずバランスを崩したはその場にガクリと膝をつく。


「う…」


少年、蓮はまた倒れてしまうのかと思い少し慌ててに寄る。


「ごめん。ただの立ち眩み」

「…また倒れられてはこっちが困る」



「あ〜…アタシ倒れたんだっけ」


はは。と苦笑いする。
ということはここはこの男の家のようだ。

どうやら倒れていた本人が覚えていなかったようで、蓮は面倒臭そうにため息をついた。


「見たところ怪我をしているわけではなさそうだが何故あんなところに倒れていた」


「え、…えっと…」



言葉に詰る。

空気が悪くて倒れたなんて言ったらよっぽど身体の弱い人と勘違いされそうでなんだか嫌だ。実際汚い空気には人一倍弱い身体なのだけれど。




黙ってしまったに向けられる蓮の金色の瞳が鋭くなる。


「…言いたくないのならば良い。もう平気ならさっさと出ていけ」


吐き捨てるようにそういうと、支えていたの体から手を放し立ち上がろうと足を立てる。
が、それは服の裾を引かれ阻止される。


「な。」


バランスを崩した蓮はに引かれるままにお互い向き合うように座らせられる。


目の前に瞳の閉じられたの顔。


ハッと我に返る。一瞬違う意味に連想してしまった自分にカッと全身が熱くなるのがわかる。


「なにを…!」


振りほどくことも忘れて、彼女に見とれてしまった自分。変な考えを持った自分に恥ずかしさがこみ上げ掴まれた裾を払い除けようと腕に力を入れた途端#name_2##がニコリと笑ったからその力は抜けてしまう。


「ありがとう。助けてくれて」

「…は?」


まさかの礼の言葉。


(なんだ、こいつは…)




調子が狂う。




「それじゃあアタシもう行かなきゃ」


よたよたと立ち上がると窓に手をかけると、ふと思い立ったように蓮に振り向く。


「次また会えたらいいね」


ニッと独特な笑みを向けられ蓮は一瞬言葉を失うが、窓枠へ足をかけはじめたに目を見開く。


「なっ、ここから飛び下りるつもりか!?」


無茶だ。

ふらふらしたの身体ではこの高さから飛び下りるなんて無茶過ぎる。その前に普通の人間でもこの高さでは怪我はするだろう。

やめろ。
そう言葉をかけようと口を開く。


「飛び下りはしないよ」


そんなことしたら死んじゃうでしょ。とケラケラ笑ったから、蓮の顏がまた熱くなる。
それと同時に何故かイライラしたなんとも言えない感情が込みあげる。

そんなことを考えてる合間もはもう窓枠から足をはずそうとしていて。
あ、と顔を上げたとき既に遅し。



「よっ…と」


短い掛け声がかけられ窓枠から両足が完全に離れた。




けれど、いつまで経っても落ちない。

重力に逆らった羽のように、ふわふわといつまでもその場に浮いている。


「ね?」


ぽかんとそれを凝視する蓮を見て口角を上げて子供みたく笑う。

その表情にまた目が奪われている自分に気づいて腹が立つ。




「…貴様、名は」


未だ宙で浮きっぱなしのに問う。


「   」


同時、かき消すように強い風が吹いて思わず蓮は目を瞑るがすぐに風は止んでまた目を開くと、そこにはもうなにもなかった。














脳に直接響くような彼女の声。風にかき消されても不思議とよく聞こえた。


…」







────不思議な奴だ